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History歴史

シルクロードのオアシスとして東西の交流が行き交った土地の歩みをたどります。

1 / 代表的なテーマ

代表的なもの。

تارىخ

文字でたどるウイグルの歴史

ウイグルの人びとの言葉は、時代ごとに違う文字で書かれてきました。ソグド文字から生まれた古ウイグル文字、イスラームとともに入ったアラビア文字、そして20世紀に改められた今の文字です。

History / 歴史 / تارىخ

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01遊牧の国家から王国へ

8世紀半ば、モンゴル高原に遊牧国家のウイグル可汗国ができました。840年にこの国が崩れたあと、人びとの一部は南へ移り、今のトルファン近くと甘粛に王国を建てました。

02オアシスとイスラーム

タリム盆地のオアシスでは、10世紀以後、しだいにイスラームが広まりました。16世紀までに、住民の多くがムスリムになりました。カラハン朝やヤルカンド・ハン国の時代には、カシュガルやヤルカンドが都になりました。

03昔と今のつながり

昔のウイグルと今のウイグル人のつながりは、資料によって説明が異なります。今のウイグル人を、モンゴル高原から移ってきたウイグルや、それより前からタリム盆地に住んでいた人びとなど、いくつもの集団の子孫とする説明もあります。

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年表

動画の内容: 都がモンゴル高原(オルド・バリク)から天山の東(高昌)、天山の西とタリム盆地の西(ベラサグン・カシュガル)へ移っていくようすを、地図でたどります。都では町の上まで降ります。町のようすはイメージです。作成: Kenjisoft、無断転載禁止

王朝の歴史と、そこで使われた文字の移り変わり(8世紀〜現代)

どの時代の文字?文字の移り変わり

国・王朝

出来事・文献

使われた文字

斜線: 世紀しか分からない、または資料で年が違う

ウイグル可汗国

年代
744年〜840年
都・拠点
オルド・バリク(モンゴル高原)
関連する文字
突厥文字(碑文)

モンゴル高原を中心に、約100年間栄えた遊牧国家です。8世紀後半に可汗がマニ教を受け入れ、のちにマニ教は国の宗教になりました。840年にキルギス軍の侵攻を受けて都が陥落し、国は滅亡しましたが、人々はこの後、西のオアシス地域へと移り住むことになります。

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文字の移り変わり

動画の内容は、下のカードと年表の古ウイグル文字の説明と同じです。作成: Kenjisoft、無断転載禁止
5 / 用語の一覧

この分野のことば

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